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行財政システム・交通計画
−ストラスブールの交通政策−

フランスの交通政策概要

 ストラスブールの交通政策を知るには、フランスの行財政システムを理解しておく必要があります。フランスは、ミッテラン政権下の1982年に地方分権改革が行われ、都市交通に関する権限は市町村に全て移譲されました。1982年に現在のフランスの3段階の地方自治体システムになったのです。上からレジオン(地域圏政府)、県、市町村(コミューン)となっています。レジオンは他の国で州にあたる自治体であり、複数の県にまたがるような政策を担当しています。レジオンは1982年の地方分権改革で誕生しました。県はフランスに135県あり、かつては国の出先機関という役割が強くなっていました。1982年以降は一部の権限がレジオンに移行し、従来の官選知事の権限が縮小されて県議会の権限が強くなったことから、現在は地方分権の一翼を担っています。県は国の出先機関であった経緯から、移民登録などは県が担当しています。市町村にあたるコミューンはフランスで約2万自治体あります。教会の教区をそのまま自治体にしています。日本と違って、コミューン間では市町村の区別はありません。コミューンの大半は、人口300人に満たない小規模な村落です。日本と違って、フランスではコミューンの合併は行われていません。
 交通政策は、地方分権改革と同じ1982年に成立した交通基本法(LOTI、Loi d'Orientation des Transports Interieurs)によって定められています。LOTIによって地方自治体の交通政策の範囲や権限、責務が定めらています。LOTIは、1982年当時に人は誰もが移動する権利を持つ、という交通権の権利を初めて認めました。LOTIによって交通権が認められたことにより、低所得者や高齢者、身体障害者などのマイノリティーの移動を確保するためにより公共交通の強化が求められるようになりました。さらに、1996年の大気法策定に際して、LOTIも改正され、環境保護の規定が盛り込まれました。すなわち、国内交通機関は大気やエネルギーを効率的に利用する事が求められ、都市においては環境負荷の高い自動車利用を削減し、徒歩・自転車・公共交通を強化するという条文が盛り込まれました。さらに、2000年の都市再生・連帯法(SRU)制定時にも改正されました。LOTIは都合2度大きな改訂をしていることになります。
 各地方自治体および政府で担当する交通政策の領域が分けられています。まず、国際交通網や国内長距離交通網を担当するのは政府です。具体的には、国際空港・港湾の整備、高速道路、TGVなどの長距離鉄道を担当することになります。地域圏政府(レジオン)は複数の県にまたがる交通網および地域鉄道の運行を担当します。フランス国鉄(SNCF)は長距離部門の管轄は政府、地域列車の管轄はレジオンとなっています。管轄の違いとは、すなわちどこが補助金を出すのかということです。国道以外の道路は、路線の性格によってレジオン、県、コミューンで管轄が異なります。県は、県道整備やコミューン間にまたがるバス路線を担当します。コミューンは都市交通およびコミューン内の地域交通を担当します。交通政策上、コミューンは他の地方自治体と異なり、2つの大きな特徴があります。一つは、都市圏交通計画(PDU)を定める義務があるということ、2つは公共交通の財源である交通負担金(VT)を徴収することが出来ると言うことです。都市交通政策に関してはコミューンが強い権限と確固たる財源を確保しているのです。

ストラスブールの行政システムと交通政策

 前節で都市交通政策はコミューンが強い権限を有していると書きましたが、フランスでは一つ困った問題があります。日本と異なりフランスは町村合併しませんので、複数のコミューンにまたがった交通政策をどうするのかという問題が生じます。そこで、フランスでは自治体合併はしない代わりに、各種の自治体組合を結成して広域行政を担当します。都市交通政策の場合は、まず国の基本計画に従って、都市圏交通圏域(PTU、Perimetre de Transport Urbain)が定められます。このPTUが都市交通政策の基本単位となります。PTU内にあるすべてのコミューンが連合して交通政策を実施することになります。このPTU内の交通政策を担当する部局は、AO(Autorites Organisatrice)と呼ばれます。AOは都市によって様々な形態がとられます。一部事務組合方式もよくとられています。日本では想像がつきにくいですが、各都市の交通計画課だけが集まって一つの行政体を形成している場合もあるのです。このAOがPDU(都市圏交通計画)の策定と交通負担金の徴収の権限を有します。
 ストラスブールでは、ストラスブール都市圏共同体(CUS、Communautes Urbaines de Strasbourg)がAOとなっています。都市圏共同体(Communautes Urbaines)はフランスの数ある自治体連合の中で、最も権限が強い連合体です。都市計画の権限はすべてコミューンから都市圏共同体に移譲されます。CUSはストラスブール市を中心とした27の自治体から構成されます。ストラスブールの場合は、PTUがCUSエリアだったことから、CUSがAOとなっています。ちなみに、都市圏共同体を組んでいる都市でもAOは別組織を作る場合もあります。リヨンの場合は都市圏共同体を組んでいるのですが、交通政策は県も交えてやりたいということから、一部事務組合方式をとっています。
 CUSの交通政策課がストラスブールの交通政策全てを担当することになります。トラム導入や都心の自動車規制も、CUSの交通政策課が中心となってやってゆきます。CUSの交通政策課がPDUの原文を作成し、なおかつ交通負担金の徴収権限を持ちます。ちなみに、交通政策課の中に広報担当セクションがおかれています。これはもちろん、コンセルタシオンや公的審査を担当するセクションであり、協議プロセスが重要なフランスにおいては大事な役割を担います。
 実際に運行を担当するのは、CTS(ストラスブール交通公社、Compagnie des Transports Strasbourgeois)です。CTSは第3セクター企業で、株主の多くは自治体です。CTSは国境を越えてドイツまでバス路線を延ばしているので、ドイツ側の自治体もCTSの経営に関わっています。CTSはストラスブールの市内交通と、バ=ラン県内の都市間バス路線を運営しています。CTSとCUSの関係は、委託契約です。フランスでは、都市交通の運営権は自治体が有しており、自治体と民間などの事業者が契約を取り交わして運行するという形をとっています。現在では、独立採算で公共交通を運行することはできないので、当然補助金を交付することになっています。契約において、サービス水準と補助金の金額を策定します。この契約というプロセスによって、散漫な経営によって赤字を垂れ流しにするということを防いでいます。補助金金額が一定である以上は、上げた収益はそのまま事業者の収入になるためです。では、黒字経営になったら補助金がカットされるから駄目ではないか?という疑問も上がります。フランスでは、その場合補助金をカットせず、その分の運賃を値下げしたり(正確に言えば、物価上昇に対して運賃の据え置き)、本数増加や新車導入などのサービス改善、はたまた新線建設の財源にまわしたりします。補助金で運賃値下げと言いましたが、フランスを始めとするヨーロッパでは、公共交通利用者の利便を図るために、税金を導入してでも運賃を安めに設定しています。フランスの場合は、財源である交通負担金は通勤客からの運賃先取りという性格を有するので、補助金で運賃を値下げするには当然ということになります。

交通政策および公共交通の財源

 先に述べましたように、ヨーロッパの公共交通はすべて赤字なので、公的資金を投入する必要があります。自治体が都市交通政策に責任と権限を持つ以上は、それ相応の財源が必要と言うことになります。まず、都市交通に関しては、建設費は国などからの補助金がありますが、運営費に関してはありません。つまり、運営費補助はコミューン(自治体連合)が自前で財源を調達しなければいけないのです。
 フランスには、交通負担金制度(Versment Transport)という公共交通のための財源制度があります。これは、コミューン(AO)がPTU域内の従業員数10名以上の企業から、給料の一定割合を税金として徴収し、公共交通の財源とする制度です。税率は、軌道系交通を導入する場合が1.75%、バスのみで人口10万人以上のAOの場合は1%、人口1万人以上10万人未満のAOの場合は0.5%、パリは2.2%です。交通負担金は社会保険庁にあたるURSAFF(Unions de Recouvrement de Cotisations de Sécurité Sociale et d’Allocations Familiales、社会保険料・家族手当金徴収組合)が他の社会保険料とともに企業から徴収します。VTは各個人の給料天引きではなく、法人税のように企業から直接徴収しているようで、個々の従業員には負担感はありません(ストラスブールで市民アンケートをとったら、VTの存在自体知らない人も少なくありませんでした)。URSAFFが徴収した交通負担金はそのままAOに渡されます。
 交通負担金制度は、1971年にパリで導入されました。通勤定期カルト=オランジュ導入時に、その割引分の財源をどこから調達するのかが問題になりました。そこで日本の通勤手当と同じ考え方で、企業に定期代の一部を負担してもらおうということになりました。企業が通勤者の定期代を負担するという考えは日本とフランス同じですが、日本では企業が定期購入代を従業員に支給するのに対して、フランスでは税金として徴収し、それを使って安い定期を発売するということになるのです。1973年からは地方都市でも交通負担金を徴収できることになり、次第に適用範囲が拡大されてゆきました。当初の通勤定期代の負担という性格は、現在では名実ともに交通目的税となっています。
 ストラスブールの場合、CUSが使う交通政策の予算は年間1億ユーロです。そのうち、交通負担金は8千万ユーロです。CUSの当初予算は4億万ユーロなので、交通は財政から見てもCUS予算の1/4を占めることになり、CUSにおける交通政策の重要性がわかります。残りの2千万ユーロはもちろん一般財源から投入されています。この交通財源は運営費補助と新線建設両方に使われます。
 CTSの運賃収入は、費用の2/3です。ヨーロッパでは優秀な成績です。残りの1/3が交通負担金を含む自治体の税金から補充されます。ストラスブールのトラムは非常に乗客が多いのに費用の2/3しか稼げないとは、と早合点してはいけません。まずストラスブールの場合は、公共性から運賃をわざと安くしています。費用の2/3しか稼げないのではなく、自治体が費用の1/3を負担して、利用者の負担を2/3にしていると言う方が正解です。また、CTSの収支はトラムだけではなく、バス路線も当然含まれています(県内バスは県の担当なので、CUSの交通予算とは無関係)。バスはトラム沿線の外側、かなりの人口希薄地域までカバーしており、それでも相応の本数確保していますので、採算ベースに乗るはずがありません。トラムはおおむね黒字ベースで、バスの分だけ税金でカバーしているという解釈も成り立ちます。
 新線建設の場合のみ、国や県などからの補助金が出ます。フランスでは、補助金の対象になるのは、軌道インフラのみであり、車両には補助が出ません。また、フランスの場合は、軌道系交通はTCSP(Transport Collectif en Site Propre、占有空間を持つ交通)と呼ばれ、バス専用レーンも対象となります。余談ながら、フランスのバス専用レーンは軌道扱いされるだけあって、線路のないLRT軌道といって差し支えないくらい立派なインフラです。建設費補助では、国の役割が大きくなります。2006年以降のトラム延伸では、総額3億9千万ユーロの予算で、国が40%を負担し、県とレジオンとEUが0.8%ずつ負担します。県は最初のトラム建設時に5%、B線の際には7%の補助をしました。トラム=トランでは、総額2億四百万ユーロの予算で、レジオンが39%、CUS18%、政府27%、CUS外自治体11%、RFF(フランス鉄道網保有機構)4.5%、SNCF(フランス国鉄)0.5%です。
 ご覧のように、建設時に手厚い財政補助があるということは、フランスでは開業後の運賃収入で建設費を賄おうという考えはないことがわかります(もとより赤字なので無理ですが)。公共交通のインフラ整備は道路を作るのと同じくらい重要なインフラと見なされていることがわかります。日本でも、近年路面電車建設補助金制度が整備され、国から建設費補助は50%出ることになりました。正確には、軌道インフラのうちレールと架線を除いたインフラの建設費の50%となります。この制度は、道路財源から拠出されるために、路面電車軌道のうち、道路設備と見なされる部分のみが補助対象となるのです。架線と言っても、補助対象にならないのは電線だけで、電柱のビームや電球まで補助対象となっています。日本でも、国からのLRT建設費補助だけはフランス水準とほぼ同水準になりました。それでも、なかなか導入が難しいのは、やはり運営費補助と車両購入代の問題が横たわっているからでしょう。やはり自治体が自由に使える交通財源があるのとないのとでは、いくら建設費補助が同じでも雲泥の差があることがわかります。

PDU(都市圏交通計画)の策定

 都市交通政策の根幹となるのが、都市圏交通計画PDU(Plan Déplesment Urbain)です。これは、先に述べたPTU域内の、将来20年間の土地利用計画と連動した交通計画です。これを定めるのはAOの役割であり、ストラスブールではCUSがこれを定めます。ストラスブールのPDUは2001年に策定されました。ネット上で全文を閲覧することも可能です。なお、フランス語のDéplesmentは辞書では移動という意味になっています。DéplesmentとTransportの違いは、Transportは乗り物を使った交通というニュアンスがあります。徒歩はDéplesmentの方に含まれます。日本語の交通という単語はは、乗り物を使った交通と、徒歩による移動両方含むので(広義には、通信も交通に入ります)、Déplesmentの訳は交通の方が正しいです。
 PDUは1982年のLOTIで方向性が示され、96年改正時に義務化されました。2000年前後に各コミューン(連合)でPDUが採択されました。なお、PDUは現在進行中の事業も含んだ上で策定されます。PDU策定に際しては、普通の公共事業同様に市民との協議プロセスを踏みます。すなわち、PDU素案が出た段階でコンセルタシオン(事前協議)にかけられ、コンセルタシオンの結果をPDUに反映させ、最終的に公的審査を経てPDUが採択されます。
 PDUでは他の都市計画との連動も重要です。まず、フランスの都市マスタープランとなるのが、SCOT(Le Schéma de Cohérence Territoriale、領域一貫性枠組み計画)です(2000年の都市再生・連帯法SRU制定に伴い、開発枠組SDから改称されました)。SCOTが全ての都市計画の根幹をなし、当然PDUもSCOTの用件を満たさなければなりません。下位の都市計画にあたるのがPLU(Plan Local d'Urbanisme、都市圏地域計画)です(SRUによりPOSから改称)。PLUは個別の土地利用計画で、例えば住宅開発や公共施設建設が含まれます。PLUで定める個別の都市計画は、SCOTの枠組みに従い、なおかつPDUに定められた交通の計画と一致しなければなりません。PDUの順位は個別の計画に比べて高くなっています。他にPDUに影響を与えるのが、環境計画です。特に1996年の大気法の制定時に交通基本法LOTIが改正されており、PDUは環境計画を満たす上で重要な役割を果たします。大気汚染・二酸化炭素排出に関わる環境計画であるPRQA(Plan Regionale Qualité de l'Air、地域大気の質計画)やその個別の計画であるPPA(Plan de Protection de l'Air、大気保全計画)の用件を満たす必要があります。


参考資料・文献
・CUS(ストラスブール都市圏共同体)の資料、同交通政策課へのヒアリング
・望月真一『路面電車が都市をつくる』鹿島出版界、2001
・GART(交通政策局組合)資料
なお、このページは筆者の修士論文に多く依拠している。

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|2004年7月19日作成、2012年5月3日最終更新|



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